坂本龍馬のお墓を訪ねる坂本龍馬のお墓を訪ねるについて

徳川慶喜大政奉還劇の大作者、坂本竜馬は京都市内では河原町三条下る材木商酢屋嘉兵衛方に下宿していたが、遭難10日前に醤油商近江屋新助方を宿とした。竜馬はもっとも幕府側からねらわれていた大物で、新選組・見廻組の追求が急になり藩邸の堀内慶助らが気をきかせて近江屋を選んだのが仇になった。慶応3年(1867)11月15日午後6時ごろ中岡慎太郎が訪ねてきた2、3時間後に刺客に襲われ額を横に斬られ二の太刀は右の肩から左背骨にかけ、三の太刀で更に前額部を裂かれ悲痛な一言を残して倒れた。中岡慎太郎は、その時に刺客に切られ17日の夕に息をひきとった。  坂本龍馬と中岡慎太郎の墓は、隣り合って並んで立っている。向かって左が坂本龍馬、右が中岡慎太郎である。